ガラスをはさんだ二つの世界

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最近、タッチ式モニターのデジタル機器が増えてきた。あっちこっちでみなさん画面を触っている。それでふと思い出したのが「イン ビトロ(IN VITRO)」という言葉。

これは「ガラスの中」という意味で、さまざまな科学実験はガラスの向こうで行わることの例えです。化学実験だったら、フラスコや試験管というガラスの中で行います。生物のミクロな世界を観察するときは、顕微鏡のレンズというガラスの向こうを観察します。宇宙だったら、望遠鏡のガラスの向こうを観察。そして、コンピューターシュミレーションだったら、モニターというガラスの向こうを観察します。みーんな、「イン ビトロ」なんですねl。

僕が一番好きな「イン ビトロ」な実験は、中世の錬金術師が行っていた「ホムンクルス」という、ガラス瓶の中で人造人間を作る実験。もちろん、そんなものは作れないんですが、小学校のときにその実験を魔法図鑑で読んで、強烈な印象を受けた。

かつて僕は「魚器(なき)シリーズ」で、自分とは何か?というテーマで製品開発をしていましたが、その根底には、ホムンクルスに通じる、「僕は、僕という人間を作ってみたい」という欲求があります。

自分が自分を作るというのは、100%自分というしくみを理解しなければなりません。でも、そんなこと、無理ですよね。自分がすべてわかるなんてことはありえない。

だからどうするか?というと、僕も、錬金術師も、科学も、「すべて」ではなく「部分」ならばわかるだろう、ということで、ガラスの向こう側に、「限定された世界」を作るわけです。そしてそれをまるで神のような視点から観察することで、「限定された世界での答え」を見つける。

タッチ式モニターの進歩は、まるでコンピューターの中と、現実世界の境界が、いつかなくなってしまうのでは?という錯覚をおこしますが、コンピューターそのものが人間が作り出した、限定された世界なので、ガラスの境界は、けっして無くなりません。

ガラスは、どこまでも薄くなりますが、けっして触れ合うことがない。それはさみしいけど、完全なる断絶の両側で、創造主と創造物が、お互い冷たいガラスに向かってキスをしてるみたいで、ちょっとロマンチックだなあ・・・と僕は思います。

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