アートアニメーション・・・

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今日は東京芸大のアニメーション学科で、講演をしてきました。「アートアニメーション」を作っているたくさんの学生さんたちに、僕の発想の方法や、作品を商品にしていくプロセスなんかをお話しました。

「アートアニメーション」という呼び名を聞きなれない方のためにご説明しますと、いわゆるTVとかで見られるような、マーケティング、集団制作、マス展開を行う商業アニメではなく、個人の情念だとか思想から出発し、ほとんど一人の手作業で仕上げる、芸術性の高いアニメーションのことを言います。

このアートアニメーションを制作している学生さんたちなんですが、この分野はほんとに食っていくのが大変。理由を考えると、

①尋常じゃない作業量・・・・何千枚という絵を描かなくてはならず、感性だけで作れるものではない。作業時間をとられる。

②視聴料を回収できる方法が少ない・・・・入場料収入を取れる劇場での公開が少ない。youtubeのような「見せる場所」は増えいるが、FREEがほとんどで、視聴料を回収できない。

とにかく時間がかかる、でも作業費を回収ができない、なのである。

アートアニメーションを作る方は、とにかく何千枚という原画を描きます。これを空間的に敷き詰めたら、巨大な壁画ができあがるでしょう。それを絵画としてみれば、それだけの枚数の「成果物」があるわけで、一枚ずつ売れば?と思いますが、そういうマーケットはないらしく、かつ、アニメーターも「そこじゃないんだ、アニメーションは」という、誇りがある。

必然的に商品は、DVDや放送料、上映料になるんですが、ご存じのように、その方面はコピー天国になりつつある。音楽ならば、一度聞いた曲は、もう一回聞きたいな、とダウンロードしますが、映像作品は一度見たら、しばらくいいや、となる。だから視聴販売のようなこともむずかしい。

この切実な問題は、実はコンテンツ作品全般に言えることだろう。

強引な言い方をすると、これまで、プラスチックに付加価値をつけて高く売るプラスチック販売会社が、「レコード会社」であった。紙に付加価値をつけて高く売る紙販売業者が「出版業界」だった。それは「コンテンツ(情報)」と「キャリアー(物質)」が分離不可能だったから成り立つ商売でしたが、デジタル時代は、それが個人レベルで簡単に分離できるようになってしまった。

ここで同じくコンテンツとプラスチックが融合した「オモチャ」を見てみると、現時点ではそれが分離できない。「ああ、自分はオモチャを作れてよかった・・・」と思うのは、分離できないゆえ、複製するしかなく、それが即収入になることであろう。もしかしたら、3D複製機のようなものが遠い未来に完璧になると、オモチャもCDのような運命になるかもしれないが、今のところ大丈夫である。

アートアニメーションは、時代変化の最初の厳しい場所に立たされている。作品を作ることと同じくらい、それを見せることについてアイデアをしぼらないと、「作り続ける」ということができなくなる。

でも、突破口がないわけではないと思う。いいものを作っているならば、まるでタイ焼き屋さんのように、その作業量を等価にお金に換えていく方法が必ずあると、僕は思う。あなたの感性を伝達するメディアが、今はなぜか派手なわりに効率が悪いけれど、この混乱はやがて落ち着くと思うよ。そうしたら、素直に表現で食っていけるようになると思うな。

それまでは、少しばかり知恵をしぼって、作り続けてください。

・・・・って結論のない結論になってしまいましたが、今日はこの辺で。

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