学生時代、味噌の訪問販売のバイトで学んだこと


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学生時代、いろんなバイトをやりました。とにかく小学校のとき、親父の明和電機が倒産したのでしたがない。

小学校のときは父親の工場の電気部品組み立て、中・高校は新聞配達、浪人中はクレープ屋さん、似顔絵かき、大学は、展示造形、家庭教師、専門学校講師・・・などなど。

そんなバイトの中で一番きつかったのが、「味噌の訪問販売」。これは過酷だった!

夏休みの短期バイトだったんですが、家庭に訪問して味噌を売るんです。味噌汁の味噌。でもね、真夏の暑いときに、誰も味噌汁なんか飲みたくないんです。インターホンで「味噌いりませんか?」というなり門前払い。そこをですね、

「奥さん!夏といいえば汗で塩分がなくなります。そこで味噌汁です!お椀にお湯を一杯だけください、これ、ほんとうにおいしんですから!」

とかなんとか言って、味噌をお湯にといて飲ませるとこまでもっていく。お客さんも、こーなったら、味噌を買うんじゃなくて、若者の悲痛なプレゼンに「しゃーないなあ」とお金を出すレベル。まあ、そこが、この学生バイトを企画した会社の狙いだったんですが・・。

このバイトの何が一番きつかったか? 真夏でめっちゃ暑かったこと? ちがう。 味噌の樽がおもかったこと? ちがう。 門前払いされたこと? これもちがう。

一番きつかったのは、「この商品は本当にいいものなんかな?」という疑問を持ちながら、売っていたこと。バイトだから売らないといけないが、自分で飲んでみても、たいしたことない。それが普通より高い価格になってる。自分は嘘をついてるんじゃないか・・・というのが一番きつかった。

ちなみにこのバイトにはオチがついていて、やっと稼いだ5万円を、駅でまるごと落としてしまった。あれもきつかったなあ。

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さて、僕はよく「明和電機さんって、ほんとプレゼンテーションがうまいですね」と言われます。国内外で、いろんな講演会をやってるんですが、ウケがいいです。

でもそれがなぜかというと、僕の背景に、僕が自信を持って作った、何百個というマシンたちがあるからです。「自分が絶対いいと思って作ったモノたち」があるからです。

ソーシャルビジネスを見ていて「おや?」と思うのは、「プレゼンテーションしかなく、背景がない」場面がときどきあることです。「これからわたしはこんなモノを作ります。だからお金をください」。という言葉。

でも僕は逆だと思うのです。たとえ拾った木片を削って作ったものでもいいから、「僕はこんなものを作りました。買ってくれませんか」の方がしっくりきます。そこで得たわずかなお金で、道具を買って、もうすこし立派な彫刻を作る。それを売ってまたかせぐ。これがどんどん大きくなって、自分への自信と、モノを生み出す技術力になっていく。

いきなりモノも、コンテンツも作らずに、プレゼンだけでたくさんのお金が集まってしまうのは、長い人生でコツコツと学んでいく大事なことを、なんだかすっとばしてる気がします。

まあ、この考えは、いまのソーシャルネットワーク社会からすると、ひとつ前の古い考えだと思いますが、芸術家も、製造業も、本質はそこだと思います。

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学生時代、味噌の訪問販売のバイトで学んだこと” への4件のコメント

  1. >いきなりモノも、コンテンツも作らずに、プレゼンだけでたくさんのお金が集まってしまう

    だから、ぱっ!咲いて、5年位で枯れちゃうんですね。(笑)。
    コンテンツは企画者まかせのアイドルと同じ…。

  2. 投資してもらうということが一種のゲーム感覚になっているような気がします。
    あんたホントは資金足りるだろ、とツッコミたくなります。
    どれだけ投資してもらえるかという期待値を計りたいのかもしれませんが。
    売るかどうかはともかく、自分の予算内で作れる物を作ってから次のステップに進めやと思ってしまいます。

  3. 私は販売員ですが、私の特技は『扱っている商品を心から愛するコトが出来る』です。
    商売は全て感謝と愛で成り立っています。
    忘れそうになっても常に振り返って肝に銘じます。
    ネットで何でも買えたり便利な世の中ですが、人と人との触れ合い。。。心通う商売はすたれないし、最終的には強いと信じてます。

  4. 数十年前、僕も高校の夏休み、家庭訪問の味噌売りのバイトをやりました。
    こんなもん、だれが買うんだ?馬鹿馬鹿しい、と空しくなり、一日で辞めました。嫌になり、味噌売りほったらかして、本屋で雑誌を立ち読みしていました。今もこんなバイトあるんでしょうか。

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