明和電機ライブのスケッチ台本

のっけからパソコンがフリーズして、いきなり楽器が動かない、という香ばしい始まり方でしたが、無事に配信が終わりました!いやあ、よかったよかった。

さて、ライブの興奮が覚めやらないみなさまに、今回のライブの台本を公開したします。

 

 

絵コンテ

これは、音響、照明、カメラ、そして出演者のみなさんに、今回のライブの世界観を伝えるために描いた絵コンテ。

全部を見たい方は、こちらをクリック!>絵コンテ

配置台本

こちらは複雑な楽器の移動や、演者の動きを客観的な視点で把握するもの。とにかく明和電機のライブはモノが多いので、この台本が必須です。

全部を見たい方は、こちらをクリック>配置台本

 

こうしたビジュアル台本を作るのは、根本は「自分が理解するため」でもあります。あたまの中に漠然とあるイメージも、スケッチになると客観的に理解できます。これは便利!

みなさんも、漠然と頭にあることを、文字や絵にしてみると、案外、簡単に把握できたりします。うまい・へたなんて気にせず、やってみてください!

 

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【YOUTUBE 無料配信】

「ヒゲ博士とナンセンスマシーン」 4月12日(日)16:00-

「明和電機事業報告ショー2020」 4月12日(土)20:00-      

 

 

 

 

「ちゅうし」から「ちぇんじ」

明和電機のライブコンサート。コロナウイルスの影響から「観客を会場の動員する」ことが難しいと判断しました。となれば、「ライブ中止で無観客ライブ」ということになります。 しかし、この言葉がどうもひっかかりました。

まず「中止」という言葉が気に入らない。中止とは英語で「ストップ」です。この言葉を聞いたとたん、頭の中の「創意工夫」もストップしてしまいます。これが大嫌い。他に方法はないのか?「ストップ」ではなく「チェンジ」で行けないのか?

コロナウイルスは、どんどん「変異(チェンジ)」するという戦術を行い、それにより感染を拡大をした。ならば人間側もそれに対抗し、知恵をしぼって現状を「チェンジ」すればいいのではないか?

そして「無観客ライブ」という言葉も気に入らない。無観客でライブをやるって何?お客さんがまったくいない状態でライブをやるのは明和電機で言えば、それは「リハーサル」です。会場にお客さんはいなくても、ネットの向こうにいるではないか。無観客ではけっしてない。

会場にお客さんは来ることはできない。これは現実。でも、現代のテクノロジーや、明和電機ならではの方法を使い、新しいエンターテインメントをお客さんにお届けできないだろうか?

そこでピン!とひらめいたのが、ライブ応援グッズを一曲ごと作り、それをまとめてお客さんに送付し、ライブ配信にあわせてモリアゲてもらうという「モリアゲBOX」でした。

明和電機の本業は「ナンセンスマシーン」という3D(物体)を作ること。ライブ配信という映像表現(2D)だけではおもしろくないので、この3Dのミニチュアをお客さんにも届け、「映像+物体」のエンタメができないか?と思ったのです。2.5Dではなく、3Dです。

3月25日、このプランを発表することにしました。それが「明和電機 緊急会見」でした 。

 

この会見では、明和電機のライブコンサートを「劇場型」から「自宅型」へと変更し、DVDの収録、モリアゲBOXをそれにあわせて開発し、発送することを発表しました。

■ひたすら量産!

さて、方針はきまったものの、4月12日にライブ配信に間に合わせるためには、遅くとも4月7日には「モリアゲBOX」が完成していないといけません。「モリアゲBOX」を一個作るのではなく、最低でも500個は作る必要があります。本のような印刷物であれば、500個は簡単ですが、今回は「物体」の量産です。

500個か・・。

計算すると、

3月25日~4月1日 設計作業
4月2日 ~4月7日 量産作業
4月8日 発送作業

となります。

曲ごとのアイテムを新しく18種類考える。それを500個量産する。

 


無理やん。

と思うでしょうが、僕には勝算がありました。明和電機はこの1年間、品川区のアトリエの中だけの工作機械を駆使して量産ができる「マイクロファクトリー計画」を進めていたのでした。

この産物として「ベロミン」「電動ノックマン」や「寿司ビート」「ゴムベースポータブル」などの製品を開発・量産していました。このノウハウをいかせば、「一週間で500個の量産はいける!」と思ったのです。

この「マイクロファクトリー計画」のベースにあるのは、CADによる設計と、レーザーカッターや3Dプリンターといったデジタル工作機の使用といった「デジタルテクノロジー」です。しかし、もっとも大事なのは、量産を行うための「治具」の開発と、無駄をできるだけ減らした設計&制作方法でした。これは人間の「知恵」を使う作業です。デジタルテクノロジーも大事ですが、量産にとっての「キモ」は、この「人間力」です。

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明和電機のアトリエでは、こうして怒涛の「モリアゲBOX」の設計と量産作業が始まりました。工員さんと社長が知恵をしぼりまくり、無事に4月7日に500個の量産ができ、発送作業が開始されました。(つづく)

 

 

 

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モリアゲBOX 発売中

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4月11日、12日に品川区のひらつかホールで開催予定の明和電機主催「明和電機事業報告ショー2020」「明和電機ライブ2020 BEHIND THE MASK」「ヒゲ博士とナンセン☆スマシーン」 は、内容を変更し、YOUTUBEにて無料配信することを決定いたしました。

【配信日時】

「明和電機ライブ2020 BEHIND THE MASK」 4月11日(土)17:00-

「ヒゲ博士とナンセンスマシーン」 4月12日(日)16:00-

「明和電機事業報告ショー2020」 4月12日(土)20:00-      

コロナのシミュレーション

東京都にも非常事態宣言が出ました。

明和電機は、観客を動員してのライブから配信へと切り替えていました。何回かにわけて、これまでの経緯をまとめてみたいと思います。

■病床でシミュレーションしてみた

3月21日に、コロナウイルスではなく、水疱瘡のウイルス(帯状疱疹)に感染しました(正確には子供の頃に感染したものが、大人になって再発)。痛いとの抗ウイルス薬でぼーっとした頭の中、寝込んだ布団の中で、「ウイルス」についての本を読んだり、ウイルスの行動について考え事をしました。 そのとき考えたシミュレーションです。

赤がコロナに感染した人、青がしてない人です。

感染が発生したとき、それを止める確実な方法は、「全員、その場から絶対に動くな!」です。体力があり、抗体を作れた人からウイルスは消滅します。体力がない人は死にます。死んだ人の体の中でウイルスは複製できないので、これも消滅します。 しかしこれは倫理的にアウトです。また消滅までに2週間かかるとしたら、人間はその間に餓死してしまいます。なので、このシミュレーションは現実的ではありません。

次は「ウイルス感染者のうち、重体になる人を治療する空間を作る」です。つまり病院です。死ぬ人は減らせます。しかし一方で、病院に「集中する人々」の間で感染が広がるというデメリットがあります。現代はスマートフォンなどで情報拡散が早いため、この「集中する人々」が発生する確立が高くなっています。重体の感染者が増えすぎた場合、治療できる能力を超えてしまい、病院の機能がストップします。いわゆる「医療崩壊」です。実際に武漢やイタリアでこの現象は起きました。

次のシミュレーションは、「生命維持装置のある最小の空間に人々を閉じ込め、重体患者だけ、病院に送る」です。

「生命維持装置のある最小の空間」とは、わかりやすく言うと「自宅」です。自宅には、水道がきており、ガスや電気で暖もとれます。また冷蔵庫や台所の棚には、保存食があります。この生命維持装置の中にいれば、とりあえず何週間も生きていけます。 自宅の中に感染者がいなければセーフ。いた場合は同居者も感染しますが、抗体をつくれれば回復、重体になれば、病院にいけます。また、このシミュレーションのメリットは、「自宅」にはアドレス(住所やメールなど)が紐付けされているので、医療機関や政府などのマクロ側からの管理がしやすいことです。ウイルスの追跡ができます。また、病院の医療崩壊も軽減できます。

最後に未来的なシミュレーションです。

このモデルでは、ウイルスの治療薬が開発され、それが安価に量産され、普及しています。また、各人はスマートフォンなみに小型の「パーソナル診断システム」を持っており、自分が感染したかどうかを「自宅で」判定することができます。感染と判定された場合は、ネット経由で情報が医療機関に届き、薬で対応するか、または病院へ行くかが決まります。病院ではさらに高度な治療システムでウイルスを消去します。

残念ながら現代のテクノロジーは、この段階ではありません。



以上のシミュレーションから考えて、現代は、「C」からやっと「D」に行きかけた時期となります。

この状況を踏まえ、明和電機が観客動員のライブコンサートをやったらどうなるか、考えました(E)。

このシミュレーションでは、点線でかこまれた場所が「劇場」になります。 自宅から劇場に人々が集まった場合、劇場内で感染がおきます。そしてその感染は自宅へと移動します。「ウイルスの治療薬」も「パーソナル診断システム」もない場合、感染は拡大します。そして感染者のうちの重体者は病院へ移動します。しかし病院にも確実なウイルスの治療薬はないので、対応がオーバーします。「医療崩壊」が起き、死者が増えます。

以上のシミュレーションから、「観客動員のライブは止めたほうがいいかもな・・」と寝込んだ布団の中で思いました。 そんなことを考えていたタイミングで東京都より4月12日までのイベント自粛要請が発表されました。あくまでも自粛要請でしたが、自分の中のシミュレーション的には「観客動員」は厳しいと判断しました。 そしてそれが「明和電機 緊急会見」へとつながりました。(つづく)

 

【明和電機ニュース】

4月11日、12日に品川区のひらつかホールで開催予定の明和電機主催「明和電機事業報告ショー2020」「明和電機ライブ2020 BEHIND THE MASK」「ヒゲ博士とナンセン☆スマシーン」 は、内容を変更し、YOUTUBEにて無料配信することを決定いたしました。

【配信日時】

「明和電機ライブ2020 BEHIND THE MASK」 4月11日(土)17:00-

「ヒゲ博士とナンセンスマシーン」 4月12日(日)16:00-

「明和電機事業報告ショー2020」 4月12日(土)20:00-  

 

 

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48年前のウイルスにやられました。

人類がコロナウイルスでビクビクしている今日このごろ。朝起きると、妙に体がだるい。「まさか・・」と思い、熱を測ったが、36.5度の平熱。ほっとしつつも、ではこのだるさは何?と悩んだ。しばらく考えて、一昨日に明和電機のライブリハーサルで一日中踊ってたことを思い出した。

筋肉痛か、なるほどね。

歳をとると後からくる、というやつだと納得してアトリエに向かった。家を出て歩き始めたら、なんだか右足がおかしい。どうも筋肉痛ではない。右足の表面に5Vぐらいの電圧が流れてる感じでなんだかピリピリする。12Vというより5Vだ。わかるだろうか。

その日はデザイナーの中村さんと新しいオタマトーンのパッケージ打ち合わせがあった。作業のあとにふと「そういえば足がなんだかピリピリするんですよね・・。」と打ち明けたところ、健康に敏感な中村さんから「信道さん!それは脳の病気の可能性ありますよ。右足だけピリピリなんておかしいですよ!」と指摘が入った。

ええ!まじか!とちょっとびびりつつも、疲れかもしれん、寝れば治るだろうと、その日は床に入った。

そして明け方、すごく気持ちの悪い夢を見た。

僕の右足のうしろ、おしりの下あたりから黒い小さな蜂が十数匹、皮膚から出ようとしている。蛾の幼虫にタマゴを産み付けてエイリアンのように飛び出してくる寄生蜂というのがいるが、そんなかんじだ。ジンジンとした焼けるような痛みもある。ワラワラと皮膚の中で動く蜂を必死でつまみ出そうとするが・・

と、そこで目が覚めた。夢か、と思ったが、現実にするどい痛みがある。まさかほんとに蜂か?と思い痛みのあるあたりを触ってみると・・ぷくりとした膨らみがいくもできていた。

「なんじゃこりゃああ!」と驚きで目が冷めた。昔からアトピー体質なので、皮膚には炎症が起きやすいが、今回のはあきらかになにかがちがう。ここ数日の体がだるい原因はこのせいかもしれない。そういえば毎日快便が自慢なのに、この2日ほど便通も止まっている。ぜったいなんか変だ。変すぎる。やっぱり脳か?まさかほんとに寄生蜂か?

すぐになじみの皮膚科に飛び込んだ。

カルテを見たお医者さんはいつものアトピーのことだろうと思ったのか「どうですか、その後の経過は・・」と話しかけてきたが、「ちがうんです、アトピーじゃなくて、へ・ん・な・も・の・が足にできてるんです!」と前のめりで説明した。

ここ2日前から体がだるく、右足がピリピリする(5Vとは言わなかった)と思ったら、へんなぷくりとしたものができた。そして便通も止まった・・・

先生は一連の僕のたどたどしい説明をうんうんと聞いたあと、「ちょっと見ましょうか」と実際に患部をチェックし、一呼吸おいてから、

「帯状疱疹ですね。まちがいありません」

と答えた。

・・・帯状疱疹?なんですかそれ? という顔を僕がしていたからだろうか。先生は「子供でもわかる帯状疱疹」という感じの、マンガ入りのパンフレットを取り出し、丁寧に説明をしてくれた。

「帯状疱疹とは、ウイルスによる病気です。このウイルスは水疱瘡のウイルスと同じです。日本人の多くは子供のときに水疱瘡になりますが、このとき完治してもウィルスは神経節の中に潜り込んで潜伏します。人間の体には抗体という監視システムがあるので、水疱瘡のウイルスは暴れようにもすぐに見つかって攻撃されるので、じっとそのまま潜伏します。ところがストレスや老化などで体も抵抗力が落ちると、この潜伏してたウイルスが神経を通って表面に出てきます。これが帯状疱疹です。80歳までに3人に1人がかかると言われています。」

世の中がコロナウイルスで大騒ぎのときに、僕は水疱瘡のウイルスにやられたのか・・・。

先生によると、最初のピリピリ感は、ウイルスが神経節から表皮に飛び出しはじめたからであり、便秘も排便の神経系をおかしくしているからだそうで、どれも典型的な帯状疱疹の症状だそうだ。抗ウイルス剤と痛み止め、そして便通をうながす処方をしてもらって帰宅した。

アトリエの工員さんたちにも「帯状疱疹になりました。わかりやすく言うと、水疱瘡です。今日は休みます。あと、水疱瘡に子供のときにかかったことがない人は10日間は僕に近づかないでください」と連絡をした。幸い明日から3連休である。プチ隔離状態で、自宅でゆっくり休もうと決めた。

布団に入って、読みかけの「ウィルスの意味論」を読破。ウィルスの世界の全体像をわかりやすく解説した本で、人間とウィルスの複雑な関係性が理解できた。

ふと「僕は子供の時、いつ水疱瘡になったんかな?」と思い、兄ちゃんに連絡してみると、「わしが六歳のときに水疱瘡になって、それをうつすために母ちゃんが隣で寝かせてたから四歳とちがうかなあ。水疱瘡になっても、河でザリガニとって遊んでたね。」と返信がきた。

四歳に水疱瘡になったとしたら、僕の体の中で水疱瘡のウイルスは48年間も潜伏していたことになる。ウイルスは食物を食べ排泄をするとか、光合成をするとか、そういう代謝はいっさい行わない。DNA、RNAという遺伝情報しかなく、感染した細胞の中のリボゾームのような「タンパク質の3Dプリンター」を操作して自己をコピーする。今回は僕の体の中で、「大昔にフロッピーディスクに保存しておいたCADデータを発掘し、48年後に3Dプリンターで読みこんだら、エラーもなく立体ができた」みたいなことが起きたわけだ。すごいな、水疱瘡ウィルス。

今から48年前のデータか・・。そいえいばあの時代は、だれか子供が水疱瘡になったら、「はよう水疱瘡になりんさい」と、わざと感染するように親たちが近づけたなあ、と思い出した。のんびりした時代だ。今のコロナウィルスでは絶対にありえない。たとえば近所の子供がコロナにかかり、その親が近所の子供たちの家に「うつしましょうか?」と子供をつれていったら、警察に通報されるだろう。

これは、水疱瘡が広く感染し、親もおじいちゃん、おばあちゃん世代も感染によって抗体をもっているからだ。社会が集団免疫を獲得していて、かつ、水疱瘡で子供が死ぬことがめったにないからできることだ。

コロナウィルスも子供の死亡率は極端に低い。多くの死者が出た武漢でも、9歳以下の死亡者数は0だった。しかし、水疱瘡とちがい、おじいちゃん、おばあちゃんになるほど死亡率のカーブは急上昇する。抵抗力が落ちている人の死亡率も高く、社会は集団免疫を獲得していない。

一方で、コロナウイルスは生きている人間の細胞の中でしか増殖できない。人間を破壊することは自らの首をしめることになる。もしかしてこの先、コロナウィルスの感染が本当に広がり、社会が集団免疫を獲得し、かつ、ウィルスそのものが変異していき、死亡率が下がって人類と共存の方向に向かったなら、遠い未来、「あら、お隣さんのぼうや、コロナになったの?じゃあ、うちの子にもうつしてもらわなきゃ」となるかもしれない。

水疱瘡ウィルスを抱え、痛み止めでぼんやりしてきた布団の中で、ふと、そう思った。

 

 

【4月の明和電機イベントのお知らせ】

今年の「明和電機事業報告ショー2020」はイベント盛りだくさんの2デイズ!!
2019年の明和電機の激動の1年間を社長のパワポ芸で振り返る「明和電機事業報告ショー2020」、ナンセンス楽器と役員が大集合する「明和電機ライブコンサート」から、大人も子どもも楽しめるメカニカルミュージカル「ヒゲ博士と☆ナンセンスマシーン」の豪華三本立て。
また、明和電機社歌を大勢のブラスバンドで演奏する「明和電機ブラスバンドプロジェクト」や、全国にいるオタマニストによる「オタマトーンオフ会」も開催予定。

■日にち:2020年4月11日(土)、12日(日)
■会場:スクエア荏原(東京都品川区荏原4-5-28)

1日目(4月11日)
15:00-16:30 明和電機事業報告ショー2020
17:30-19:00 明和電機ライブコンサート2020
19:00-20:00 サイン会
20:00-20:30 春の大プレゼント大会

2日目(4月12日)
13:00-14:00 ヒゲ博士とナンセンス☆マシーン
14:00-15:00 サイン会
16:00-18:00 オタマトーンオフ会&明和電機社歌ブラスバンドプロジェクト

チケット情報

■販売期間
2020年2月22日(土)~4月7日(火)…前売り一般チケット販売期間
販売は明和電機STORESにて>
https://maywadenki.stores.jp/

■チケット価格
<1DAYチケット>
4月11日
大人…6000円
小人…2000円
※3歳以下は無料です。但し座席が必要な場合は小人チケットをお買い求めください。

4月12日
大人…3000円
小人…1500円
※3歳以下は無料です。但し座席が必要な場合は小人チケットをお買い求めください。

<2DAYS通しチケット>
大人…8000円
小人…3000円
※3歳以下は無料です。但し座席が必要な場合は小人チケットをお買い求めください。

 

【明和電機キット567円引きセール開催中】

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世間のコロ休にともない、明和電機の「工作キット全品567円引きセール」、3月31日まで開催中! 寿司ビート、電動ノックマン、文庫楽器キットなど、すべて567円引きです

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超!技能訓練所 クリエイター対談

「モノを作って、売って、暮す」

大昔から人が行っているシンプルなことですが、これを独立したクリエイターとして実現するのは簡単ではありません。

僕は美術大学出身なので周りには芸術家になりたいというクリエイターの卵がたくさんいました。また明和電機はソニー・ミュージックエンターテインメント、吉本興業に所属していたので、ミュージシャンやお笑い芸人を目指す人もたくさんいました。みなさん自分の才能で食っていくクリエイターを目指していましたが、100%自分が生み出したものだけで暮らしていける人はほんの一握りでした。多くの場合、それとは別な仕事で得た収入で暮らしをおぎなっていました。

なぜクリエイターにとってむずかしいのでしょうか?そのことを理解するために、給料をもらう仕事をしているひとをざっくりと「サラリーマン(給料をもらうひと)」、自分が作ったものを自分で売る人を「クリエイター」と定義して比較してみます。

 

サラリーマンが作るものは「会社が考えたもの」です。たとえば家電メーカーに就職すれば、会社が考えた家電やサービスを作ります。社内デザイナーや社内エンジニアも「自分が考えたもの」を作りますが、その課題は会社から与えられたものであり、会社の方針からはずれたものは作れません。そして作るための環境(機材や空間、人員)も会社のものなので、そのことを心配せずに作ることができます。

また、会社は「モノを売るプロフェッショナルな組織」なので、作ったものを売るためのマーケティングを行い、お得意さんや、宣伝の経費などを持っています。サラリーマンはそうした基盤をもとに計画的に売ります。

一方クリエイターが作るモノとは、「自分が考えたもの」です。たとえば芸術家の場合、それは自分の内なるインスピレーションから湧き出たものであり、極端な場合、それは他人が理解できないモノだったりします。ここが問題で、他人が理解できないものは、価値が伝わらないのでとても売りにくいのです。理解しにくい部分をうまく大衆にむけて翻訳できなければ「なんだか難しい商品」となって売れません。(現代美術の市場では、難解さというものも一種の商品価値になりますが、それもそれを説明できる画商の力量あってのことです。)

また独立したクリエイターは個人事業主(フリーランス)なので、自分が作ったものを自分で売らなければなりません。作ることが一番やりたいクリエイターにとって、これは大変な作業です。そのため画家やミュージシャンや小説家など、クリエイターは「売る」仕事を画廊やレコード会社や出版社という外部にお願いすることがあります。しかし、そのときも、自分の作ったもののすばらしさを「売り込む」必要があります。一発でOK、契約しましょう、となることはほんの一握りの才能がある人で、多くは何度も作品を作り、プレゼンしなければなりません。

独立したクリエイターの作業の50%は「売る」作業、といってもいいくらいです。作ることだけに専念したい方は、むしろ会社にいたほうが実現できます。売ることがにがてだ、やりたくない・・と思う方は、独立したクリエイターには向いていません。

そしてもうひとつ、大きな問題は「出費」です。

クリエイターがモノつくるとき、「材料費、機材費、作業場所の家賃」などの出費があります。人に作業をお願いする場合は人件費も発生します。そしてモノを作っている時間は、考えている時間も含め、まったく収入がありません。

一方サラリーマンは、モノつくっているときにも給料が入ります。自分の知能労働、肉体労働を会社に売り、ときには作りたくないものも作るので、これは当然です。

よく脱サラをして独立したクリエイターの方がぶつかる壁はここです。会社にいたときよりもいきなり出費が増える。しかも売る作業にも時間をとられる。そんな条件下なのに前よりも稼がなけばならない。どうやっても無理だ、暮らしていけない・・・となります。

なんだかクリエイターの暗い話ばかりになりましたが、良い面もたくさんあります。まず「自分が作りたいものを作れる」という自由さです。これは楽しい作業であり、まったくストレスがありません。

また、「他人が理解しにくいもの」とは「ナンセンス(超常識)」なものであり、いままでになかった「新しい価値」でもあります。もしそれを大衆が理解したときには競合するものがないので、爆発的に売れます。クリエイターはそれを自分が売っているのですから、会社経由とちがってマージンを取られることがなく、総取りになります。

「作ること」と「作り続けること」は大きくちがいます。作ったものを商品として売り、そこで得た収入で日々を暮らし、その時間の中で次の作るもののアイデアを練り上げ、次なる新作を作る、というのが「作り続けること」であり、これはクリエーションのサイクル(上図)を回し続けることです。

クリエイターがこのサイクルを回し続ける方法にはいろんなパターンがあると思います。100%自分の努力でサイクルを回す人、足りない分のエネルギー(お金)は別な仕事でおぎなう人、サイクルをチームを組んで実現する人・・など多様です。

「明和電機 超!技能訓練所」の関連企画の「クリエイター対談」では、10名のまったくパターンのちがうクリエイターの方にお越しいただき、そのみなさんがどのような方法で「モノを作って 売って 暮す」ということを実現しているのか、明和電機社長がじっくりお聞きします。

これからクリエイターを目指す方、クリエイターという生き方に興味のある方など、ぜひぜひご来場ください。

 

■開催日:2019年7月20.21日、27日
8月10.11.12日、17.18日、24.25日
■開催場所:ラジオデパート6階
■参加費:各回1500円
■参加方法:明和電機STORESから>https://maywadenki.stores.jp/

 


 

対談するクリエイターのみなさんのご紹介

 

土佐正道(明和電機会長)

「シンセから はじめて今は 笛作り」

クリエイター対談の一発目は、明和電機会長。実兄です。兄ちゃんです。兄ちゃんの楽器歴は長く、中学のブラスバンドでユーフォニウムやトロンボーンを吹き始め、高校でバンドを始めてベースを弾きはじめましたが、一方でシンセサイザーにどはまりしました。時代はニューウェーブということもあり、家族から「アンタきちがいになるで」と言われながらも、朝から晩までYMOのシンセサウンドを聞き続けていました。大学のときは弟の僕と「TOSA」というユニットを組んで、当時YAHAMAが売り出したばかりの打ち込みができるコンピューターとシンセで曲を作り、POPCONに出場してたりしました。「テクノ兄弟」とか言われました。

しかし1993年に明和電機を始めるときは、アナログシンセサイザーの貴重なコレクションを涙を流しながら売りさばき、そのお金で明和電機の電動楽器を作りました。そして2000年に定年退職後は、タミヤと組んで「楽しい工作シリーズ」を使って、モーター駆動のおもしろ楽器を作りはじめました。そして最近では、電動からもはなれ、お菓子の空き箱などで「笛」を作ることに凝っています。

「シンセサイザーを突き詰めると、空き箱で笛を作るようになる・・・。」なんだか遠い関係のように見えますが、両者に共通しているのは「パラメーターをいじくると音色が変わる」ということです。一方はそれを電子で、もう一方はそれを紙細工という物理的な方法で行います。兄ちゃんが一貫して探求しているのは、こうした楽器の音の面白さなんだろうなあ、と思います。深いです。

今現在、普段は会社員としてはたらきながら、余暇の時間を自宅で楽器作りの研究にそそぎこんでいるようです(家のリビングから隣の作業部屋へ行くことを「出勤」というらしいです)。まったく欲がなく、作った楽器でもうけようとか、いっちょ紅白に出たろうかとか、一切考えてないように見えます。俗世からは超越した場所におるのう・・仙人みたいじゃのう・・・と弟ながらいつも思います。

のっけから「モノを作って 売って 暮す」という、今回のクリエイター対談のテーマからもっともっと遠い世界にいる会長。トークショーではとくにテーマはもうけず、「・・・で、最近どうなん?」という話を聞こうと思います。

土佐正道会長のトーク対談の参加希望の方は>完売となりました。

伊藤尚未さん

「工作も メディアアートも はんだ付け」

メディア・アートが「メディア・アートで町おこし!」とか「メディア・アートで健康になろう!」など一般化したこのごろ。80年代ごろ、メディア・アートという分野は「テクノロジーアート」とか「ハイテクノロジーアート」と呼ばれていました。

僕が筑波大学の総合造形というコースに入学したころは、まさに「テクノロジーアート」が盛んで、僕が一年生のときには伊藤尚未パイセンは大学院生で、光と音を使った作品でテクノロジーアートのコンテストでグランプリを受賞するなど、バリバリ活躍していました。

その後、伊藤パイセンは2001年からは雑誌「子供の科学」で、テクノロジーアートで培ったノウハウを「子供が作れるレベル」まで落とし込み、電子工作をして連載を開始しました。以後、さまざま電子工作の本の出版やワークショップを各地で開催しています。伊藤パイセンの電子工作本を見ると、まさに現代のメディアートでも登場するネタを無駄のない設計で紹介していて、さすが!と思います。

筑波大生の基質を端的に言うと、「おかしなことをくそまじめにやる」ですが、伊藤パイセンもそんな感じで、アートというおかしな世界に足をつっこみながら、もう一方では、きちんとそれを子供が理解できる部分まで噛み砕き、本まで出してます。

(ちなみに、もっと上の先輩の岩井俊雄パイセンも、後輩のパンタグラフの井上くんも、絵本作家のヨシタケシンスケくんも、みんなおかしなことをくそまじめに描いた「本」を出してます。もと教育大だから?)

最近はメディアアートも、STEAM教育のような子供を対象にしたテクノロジー教育も盛んですが、それが流行るはるか前から伊藤パイセンはそれを行ってきました。そしてその伊藤さんを創造の基礎になったのが筑波大学の総合造形のカリキュラムであり、その基礎をたどればドイツのバウハウスまでたどりつきます。トーク対談では、そんなメディアアートの歴史に触れつつ、伊藤さんが最近の傾向をどういうふうに見てるのか?そしてパイセンとして後輩の明和電機をどうとらえてるんだろう・・などのお話をお聞きしようと思います。

伊藤尚未さんのトーク対談の参加希望の方は>こちら

 

藤原麻里菜さん

「無駄作り 量を作れば 質になる 」

藤原さんはもともと吉本の芸人をめざし、よしもとのお笑いの学校に行ってました。フリーメーソンをテーマにしたネタをピンでやったりしてたそうです。その後、吉本のプロジェクトでYOUTUBEでなんかやる芸人さんの募集があったとき、「毎日へんなものを作ってアップします!」と企画を出したそうです。それまでモノ作りなんてやったことがないにもかかわらず。

しかし、それがいまでは「無駄づくり」という人気コンテンツになり、いろんな企業とタイアップしたり、本を出したり、台湾で個展を開いたりするまでになっています。

藤原さんがすごいなあ、と思うのは、とにかく「数を作っている」ということです。これは僕の解釈ですが、「質より量」ということわざは、量をつくれば、そこからやがて質が生まれるんですよ、そのくらい作りなさいよ、とういことだと思います。まさに藤原さんがそれ。若い人にありがちな、「考えすぎて、手がうごかない」のではなく、ガンガン作ってます。それによって技術力もどんどんあがっている。

藤原さんにあっていつも思うのは「文学少女だなあ」ということです。藤原さんがなんの本を読んでるのか、そもそも本を読んでるのかも知りませんが、うっすらと醸し出す、自分の内面世界を見つめている感じがそう思わせるのです。僕はそこになんとも言えない「怖さ」を感じてしまい、合うたびにビクビクしてしまいます。バイバイワールドの高橋くんも「ぼくも怖い」と言ってました。

藤原さんは一方で、ベースギターがうまいです。なんどか僕はドラムでセッションをしたことがありますが、そんなときは「あ、怖い人じゃなかった」と、コミュニケーションできた喜びがあります。

トーク対談では、藤原さんの作品を紹介していただきつつ、明和電機の所属していた吉本興業というマネージメントの会社との付き合い方や、セルフマネージメントのポイントなどをお聞きしようと思います。時間があれば、楽器でセッションもやりたいです。

藤原麻里菜さんのトーク対談の参加希望の方は>こちら

 

高橋征資さん(バイバイワールド株式会社)

「変態と 理性が生んだ モノ作り」

僕が高橋くんに初めてあったのは2007年。彼が慶応の院生として藤沢キャンパスの薄暗い研究室で「ウンチのような、ウネウネ動く機械」を作っていたときでした。そのころ僕は「バカロボ」という、人を笑わせるロボットのコンテストをプロデュースしていて、その出場者である彼にインタビューに行っていたのでした。

そのときの高橋くんの印象は「こんなイケメンで頭のいい人が、なぜこんな変態なモノを作っているのか」でした。この「変態」というキーワードは、ずっと高橋くんのまわりにいまも漂っています。さらに彼の弟も変態な機械を作っており、「兄弟で変態か。土佐家と一緒だな」という、妙な親近感があります。

しかし一方で、高橋くんはビジネスマンでもあります。「変態」な研究から生まれた「音手(おんず)」という拍手マシーンはやがてマスプロダクトである「ビッグクラッピー」へとブラッシュアップされ、国内外で販売、さまざな企業とタイアップを行っています。そしてプロジェクトを実現するための会社「バイバイワールド」では、社長として経営もおこない、ソフトバンクや吉本興業などの大企業と仕事をしています。

「自分の考えたモノを作って 売って 暮す」という点で、高橋くんはその達成例であると思います。そしてその中心には「変態」をコントロールする「理性」があります。僕もそういう面があるので、「わかるわー」といつも思います。

トークショーではそんな「変態」と「理性」のせめぎあいのお話を聞きつつ、一方でテクノロジーを使ったエンターテインメントビジネスの未来についてお話を聞こうと思います。

バイバイワールド高橋征資さんのトーク対談の参加希望の方は>こちら

 

ザリガニワークス

「ボツからの V字回復 新基軸」

今から20年ほど前。ザリガニワークスの武笠くんは、かつてオタマトーンを作っている㈱キューブの社員でした。そのころ、明和電機の担当として「ビットマン」「ジホッチ」「ガチャコン」などのおもしろメカ系トイを一緒に作っていました。

その一方で武笠くんは「太郎商店」という屋号で、おかしなグッズもいろいろ作ってデザフェスで売っていました。秋葉原のラジオスーパーの㈱キューブさんのコーナーで売っている「自爆ボタン」の原型は、すでにそのときありました。その後武笠くんは大学の先輩である坂本嘉種さんとタッグを組み、2004年には脱サラして「ザリガニワークス」を設立、コレジャナイロボをはじめとして、数々のキャラクターや映像、オモチャをプロデュースしています。

コレジャナイロボのコンセプトを最初に聞いたときは、大爆笑しました。「おとうさんが息子の誕生日プレゼントでロボットのおもちゃをあげようと思ったが貧乏でお金がなく、一生懸命手作りでロボットを作って子供に渡したら、”これじゃない!!”と息子が泣きながら床にたたきつけた・・・そんなロボットです。」

普通に考えたら、そんなロボットを作っても売れない。ボツアイデアです。しかしザリガニワークスさんの作品には、「ほんとうにそれはボツでしょうか?ほら、よくみたらおもしろくないですか?ほら、だんだんおもしろくなってきたでしょう!」という。「ボツからのV字回復」な説得力があります。これはその後の土下座ストラップを最初に見たときの「顔が見えないフィギュアはボツでしょう!・・・いや、ありかも!」とか、ごはん怪獣のバップを最初に見たときの「TVでこのゆるさはボツでしょう!・・・いや、ありかも!」など、この「ボツからのV字回復」を感じました。それは納豆やパクチーのように「最初はダメだったのに好きになったらやみつき♡」な中毒性があります。

いうなればザリガニワークスさんは、この独自の視点を武器にしてビジネスをしているクリエイターです。その視点にクライアントとかメーカーさんもやみつきになり、商品を作っています。トークショーでザリガニワークスさんのお仕事を紹介していただきつつ、「自分が作りたいものを、クライアント仕事の中で、いかに組み込んでいくのか」というノウハウをたっぷりお聞きしようと思います。

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伊豆見香苗

「LINEにて スタンプ作って ハイジャンプ」

「ああー、LINEスタンプで一発あてて、ドンとお金が入ってこないかなー」と、あなたは一度は考えたことがあるでしょう?僕はあります。

そんなことは夢のまた夢、と思っていましたが、なんと身近な人がそうなりました。それが伊豆見さんです。動くLINEスタンプで、いま、大人気のイラストレーター、アニメーターです。LINEの動くスタンプ部門の月間ダウンロード数で1位になりました。

伊豆見さんと出会ったのは今から5年前。明和電機のアルバイトとして作業の手伝いでアトリエに来ました。当時はまだ美術大学の学生で、アニメーションの勉強をしていました。映像が専攻でイラストが得意でしたが、明和電機で工作機械を使った金属加工などをお願いすると、畑違いでしたが作業の飲み込みも早く、ひそかに「アニメをやめさせて明和電機の機械工作をしこんでやろう。いひひ」と計画していました。でも結果的にアニメでLINEで大当たりしたので、計画を実現しなくてよかったです。あやうく才能の芽をつんでしまうとこでした。

一言でアニメーションといっても、いろんなものがあります。10年かけて作るようなアートアニメーションもあれば、萌キャラが活躍するテレビアニメもあったり、CMのような短いものもあります。そんな中で伊豆見さんがみつけた金脈は、LINEのスタンプという、「とても小さく」「とても短い」アニメーションでした。

クリエイターにはひとそれぞれ得意な表現のスケールがありますが伊豆見さんは、LINEスタンプのスケールがピタリとはまったのだと思います。

トークショーでは、そんな大ヒットに至るまでのプロセスや、「キャラクタービジネス」というものを体感した感想などをお聞きしたいと思います。

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井上仁行さん(パンタグラフ)

「人生も 仕事もコツコツ コマ撮りで 」

井上くんはとにかく工作がうまい。筑波大学の後輩ですが当時から「いつかスターウォーズのようなコマ撮りアニメが撮ってみたい」といってましたが、まさにそれを実現し、GoogleなどのクライアントのCMを工作を駆使した立体アニメを作っています。

かつては明和電機が所属していたソニー・ミュージックエンタテインメントで働いていたこともあり、明和電機の「魚立琴基地」や「超合金明和電機」などの造形を手がけました。

絵本作家のヨシタケシンスケくんは井上くんの同級生で、彼と二人で1998年に「パンタグラフ」という会社を設立しました。そのときまわりの同期のクリエイターたちをあっといわせたのが、会社の工作スペースやギャラリーのある「自社ビル」を建てたことでした。

筑波大生の特徴である「おかしなものをくそまじめに作る」という、くそまじめさが自社ビルに結集したようで、「さすが・・・」と賞賛の目で僕も見つめた思い出があります。ソニー・ミュージックエンタテインメントから吉本興業へ移籍する間のブランクでは、そんな井上くんのビルの一部に明和電機のファンクラブの電話をおかせてもらったこともあり大変お世話になりました。

その後も「造形工作アイデアノート」などの本も3冊も出し、さすがもと教育大!という筑波大生っぷりを発揮しています。

トークショーでは、そうしたクリエーションを持続的に仕事にしていくノウハウや、時間がない中でクライアントの要求をビジュアルとして立体化していく工作術など、パンタグラフの「秘技」をいろいろお聞きしようと思います。

パンタグラフ井上仁行さんのトーク対談の参加希望の方は>こちら

 

ギャル電 (きょうこさん まおさん)

「勢いで 盛りますメイクと テクノロジー」

「ヤンキーと電飾」。これは日本の伝統文化で、明和電機もバリバリモードのときに武田丸のような楽器で探求しました。ギャル電さんはそこに「ギャル文化」というのをぶっこんできました。きた!これ!と思いました。

そもそもお二人の経歴がおかしい。まおさんはタイ育ちで、学生のときに日本のギャル文化にあこがれ、ネットや雑誌で情報を収集、タイという異国でひとり、ギャルメイクやギャルファッションをしてネットで発信していたそうです。いま工学系の大学院生として研究をしています。そしてきょうこさんは内向的な性格を矯正するのはポールダンスだろうと、いきなりそちらの世界に飛び込み(このチョイスからおかしい)、ギャル文化がより広がるには、テクノロジーをヤンキー感覚のように取り入れるべきだとひらめき、まおさんと意気投合してギャル電を作ったそうです。

ギャル電がつくるさまざまな工作の現物を見るといつも「すげえ!勢いで作っている!」と思います。ガムテープ、グルーガンなどが「こんなかんじじゃね?」という決断のもとで部品をつないでいます。LEDもそれを制御する電子基板も「イケてない?」という感覚のもと選択されています。

このファッション的なノリ一発でテクノロジーを使っているのがとても面白く、理屈で頭がこりかたまった理系男子がびっくりする様がおもしろい。

トークショーではギャル電が作った数々のアイテムを紹介してもらいつつ、ギャル電の理想「テクノロジーを使って当たりまえにギャルが盛りを実現していく世界」で、そこにむかう伝道師として歩んでいる。その大いなる理想をお聞きしたいと思います。

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マタタビ屋

「本業の 裏ではじける クリエーション 」

マタタビ屋のリーダーの岡田くんは、普段は某有名自動車メーカーの関連会社で、粘土削って車の原寸モデルをつくり上げるという、プロフェッショナルな仕事をしています。とにかく超人的に手先が器用で、彼が作るドクロの指輪など、その内面に1mmほどのドクロがびっしり造形されていて「ひょえーー!」となったりします。車の仕事以外にも原型師として、映画の怪獣やロボットのフィギュアの原型を作ったりしています。

頭ではなく手で考える、というタイプです。江戸っ子ではないはずですが、なんだか江戸っ子のような気風の良さがあり、「べらんめえ、つべこべいう前に、手をうごして作ってしまえ」という、気持ちよさがあります。

今では、会社内で役職もあがり、家庭を持って子供もでき、さまざな責任が暮らしの中に生まれていると思います。そんな中でもモノ作りをやめず、デザフェスやラジオスーパーに出品するエネルギーを持っています。

いまは、多くのひとがクリエーターを目指し、作品を作り、ネットで発表できるようになりました。トークショーでは、岡田くんにそんな「暮らし」とクリエーションをどうつなげていくのかを聞きしようと思います。ある意味、もっとも多くの人が抱えている問題意識に近いのかな、と思います。

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TASKO

「難題も 技能を集めて それ突破」

TASKOの社長の田井地くんは、かつて吉本興業で明和電機のマネージャーをしていました。そして2012年に脱サラし、明和電機を卒業した工員さんをコアメンバーにしてTASKOを設立しました。いまでは社員も増え、さまざまな大型クライアントと仕事をする会社へと成長し、ときどき明和電機にも仕事をくれます。ありがとうございます。

明和電機の工員さんはこれまでほぼ3年スパンで入れ替わってきました。みなさんそれぞれクリエイターになりたい!という思いがある人たちなので、明和電機での経験を生かし、自分の技能を磨いて、それぞれの道を歩んでいます。TASKOがユニークなのは、そんな技能のある人たちが集まった「技能集団」であることです。

世の中には「こんなものが作りたい!」という漠然としたイメージを持っている人がいます。それが会社だったりすると、「イメージがあるけど、どうやって作っていいかわからない」となり、TASKOの出番となります。TASKOのそれぞれの技能者がプロジェクトの目的のもとに有機的につながって、期限と予算の制限のもと、作品をつくりあげます。それは中世のギルドのようです。

これからの未来は、ネットワークによって一人の個人の技能をつなぐことで、大きな仕事をすることが可能になって行くでしょう。それはこれまで会社という組織が作ってきた縦割り、囲い込みといった集団とはちがう、新しいタイプの創造システムです。

TASKOさんとのトークでは、「モノを作って 売って 暮らす」というクリエイターの営みを、チームを組むことで成し遂げる、そのしくみや、苦労についてお聞きしようと思います。

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■超!技能訓練所の概要はこちら>https://www.maywadenki.com/news/radio-ws/

■明和電機
明和電機の行うワークショプの一覧はこちら>
https://www.maywadenki.com/news/radio-ws-maywadenki

■伊藤尚未、伊豆見香苗、ギャル電、ザリガニワークス、土佐正道、バイバイワールド、パンタグラフ、藤原麻里菜、マタタビ屋、necobit、Qux、㈱TASKO
アーティストごとのワークショップ詳細はこちら>
https://www.maywadenki.com/news/radio-ws-teacher/

■お申し込みは明和電機STORESにて>  https://maywadenki.stores.jp/

明和電機ショップ、ついにオープン!!

 

明和電機26年目にして、初の公式ショップを東京の秋葉原にオープンすることになりました。場所は、あの東京ラジオデパート!!

秋葉原には、ラジオデパート、ラジオ会館、ラジオセンター、ラジオガーデンなど、ラジオという名前がついた場所がたくさんあります。戦後、秋葉原という街ができていった牽引力となったのが、小さなラジオの部品販売店だったからです。当時は、そうしたお店にいけば、部品からそれを収める箱まで、ラジオを組み立てるための部品がすべてそろいました。

ラジオデパートはそんな老舗の部品屋街のひとつです。明和電機のショップはラジオデパートの2階、電気部品屋さんと同じならびに出店します。

 

■電気部品の思い出

ラジオデパートの、明和電機が出店を予定している場所のとなりには、真空管を売っているお店、向かいには可変抵抗(ボリューム)を売っているお店があります。こうした電気部品を見ると、とても懐かしい気持ちになります。

小学校のころ、父親が「明和電機」という電気部品工場を営んでおり、一階が工場、二階が住居という家で育ちました。その一階の工場では、東芝の下請けで、真空管のガラスを切る仕事をしていました。真空管の中のキラキラした雲母の薄い板なんかもあって、きれいだなあ、と思っていました。

その後工場は大きくなって別な場所にうつり、そこでは松下電器の下請けで、テレビのボリューム(可変抵抗)を作っていました。忙しいときなどは、小学生だった僕もベルトコンベア流れ作業の中に入って、女工のおばちゃんたちと電気部品の組みたてなどをしていました。小学生の遊び盛りなので、その作業がとても嫌だったんですが、今になればそのとき「量産とはなにか?」ということを体を持って体験でき、今日の明和電機の活動にとても役に立っています。

その後、小さいころから絵描きになたい、と思っていた僕は、1987年、筑波大学の芸術専攻に進むと、そこで機械を使った芸術作品を作るようになりました。絵描きになりたい、という自分の中の「芸術家」の部分と、工場の中で育ったという「エンジニア」の部分が合体したからだと思います。

大学時代は、電気部品をもとめて、筑波からバスにのって秋葉原に行きました。駅を降りたらラジオストア、ラジオガーデン、ラジオ会館をぐるりとめぐり、信号を渡ってラジオデパート、千石電商、秋月電気、鈴商あたりをチェック。そうすると「あれも欲しい、これも欲しい、」という、物欲が頂点に達するので、それを鎮めるために、角にあるドトールに入ってコーヒーを飲みました。「ほんとに買わなければいけないものはなんだっけ?」と冷静になってから、逆方向にお店をめぐって買い物をする、いうのが基本コースでした。

とりわけ「ジャンクパーツ」と呼ばれる、ほとんど廃棄処分になったような電気部品を漁るのが好きでした。当時は今よりもたくさんジャンク屋さんがあり、まるで宝さがしのように、ホコリの箱の奥から、欲しいものやなんだからわからないけれど形がカッコいい部品を探しまくりました。

そうした掘り出しもののひとつが「ソレノイド」と呼ばれる、電気が流れると直道する電気部品で、学生のときにそれを使って電動楽器を作り、そこから明和電機の活動の根幹となる「ツクバシリーズ」というナンセンス楽器が生まれました。

 

■パソコンにハマる

僕が秋葉原に通い始めた1980年代の後半は、すでにラジオの街から「パソコンの街」へと変化していました。そこらじゅうにパソコンや関連する部品、ソフトウェアを売る店がありました。僕が最初に買ったパソコンはAppleの「LC」というパソコンで、たしかRAMが4MB、ハードディスクが40MBという、現在のスマホの能力と比較すると米粒みたいなパソコンでしたが、家に届いたときは「未来がきた!」という感動がありました。

Appleのパソコンには当時、「ハイパーカード」という、ソフトが必ずインストールされていました。インターネットでは当たり前になっている[ハイパーリンク」という情報要素を飛び交う仕組みが簡単に作れるマルチメディアソフトだったんですが、これがすばらしく、「思考支援ツール」として、まるで自分の脳みそを外在化させることができそうでワクワクしました。

世の中にはこの「ハイパーカード」を使って「スタック」と呼ばれるソフトを作っていた人がたくさんいました。しかし、インターネットなんてなかった時代なので、その情報は雑誌からしか得ることができません。しかし、秋葉原のパソコンショップに行くと、そんなあやしいスタックの情報が手に入り、また、それをコピーさせてくれるお店があることを知りました。

そうしたお店では、「ひとり10分」とか時間が決まっていて、スタックが大量に載っている怪しいチープな印刷の本が置いてあり、それを見ながら欲しいスタックを決め、1.44Mのフロッピーディスクを店内で買い込み(=店で買うルール)、自分にあたえられた10分という制限時間の中で、ひたすらフロッピーの中にガチャコンガチャコンとコピーをしていました。

苦労してコピーを家まで持ち帰り、自分のパソコンにインストールして立ち上げてみたら、しょぼい内容だったりしてがっかりすることもありましたが、それも含めてなんともいえない「ジャンク感」があり、惹きつけられました。

そのほか秋葉原には楽器店もあり、MIDI関係の機材やソフトウェアなどもよく買いました。ジャンクな電気部品から、細かな電子部品、素材、ソフトウェアなど、すべてそろう秋葉原は、明和電機の活動にとって、なくてはならない存在でした。

1990年代になると秋葉原は、アニメショップやメイド喫茶、アイドルの劇場などがどんどん増えていき、電気部品の街にプラスして、日本独特のオタクカルチャーがあふれる街へと変化し、外国人観光客もたくさん訪れる名所になっていきました。

 

■あれ?シャッター街が増えている・・

2016年、老舗の電気部品街であったラジオストアが閉店するという出来事がありました。時代はラジオからパソコンを経てスマートフォンの時代になっており、「自分で部品を買って、自分で作る」という時代ではなくなっていました。今日のデジタル機器を見ればわかるように、分解することもできず、中に何が入っているかわからない「ブラックボックス」になっています。治すよりも買ったほうが安いし、またインターネットの普及で、秋葉原にいかなくても、検索すればさまざまな部品が郵送で届く時代になっていました。

 

そして昨年の11月のこと。部品を探しにラジオデパートに行ったとき。地下から3階まで、すべての階で、シャッターが降りたお店が増えていることに気が付きました。

「え?なにこれ?ここもラジオストアのようになっちゃうの?」

と思いました。駅から徒歩2分というすばらしい立地で、まわりにはメイドさんが活発に路上で活動している場所です。外国人観光客もたくさん往来している場所です。本当にシャッターが降りてるんだろうか、もしかしてオリンピックに向けた再開発だろうか、と公式ホームページを見ました。するとそこには「出店舗・募集」の告知が掲載されていました。やはり営業を止めたお店たちが増えていたのでした。

秋葉原の小さな電気部品屋さんは、文化遺産で保存したいぐらい魅力的で、海外からも注目される風景です。その場所が秋葉原からどんどん消えていっている。なんか寂しすぎる、と悲しくなりましたが、そのとき、頭の中にピキーン!とひらめくことがありました。

「だったら、明和電機がお店を出す」

でした。

 

■マスプロ芸術

 

明和電機は1993年の活動の出発点から一貫して行っていることが2つあります。1つ目は「ナンセンスマシーン」というアートを作る、です。これは世界にひとつしかない一点モノ、つまり「オリジナル」です。一般的にアーティストはその「オリジナル」を売って利益を得ます。しかし明和電機はそれを売らず、「オリジナル」の持っているアイデアや仕組みを二次展開をして、さまざまなオモチャのような「マスプロダクト(大量生産)」を作ったり、ライブコンサートのような「マスプロモーション(大衆伝達)」をすることで利益を得ます。これを芸術のマスプロ化といういう意味で「マスプロ芸術」と呼んでいます。>詳細はこちら

マプロダクトは、大衆に向けて売るので、売り買いをする場所、「ショップ」が必要です。明和電機はこれまで、オタマトーンのようなオモチャは、製造販売元の㈱キューブさんから問屋さんを通して東急ハンズや楽器店、オモチャ屋さんなどの小売店で販売していました。またそれ以外には、展覧会などでは期間限定のポップアップショップを作ったり、ECサイトに明和電機ショップを開設して販売していました。

 

いずれも明和電機の商品だけがある、永続的なリアルショップではありませんでした。しかし、明和電機結成当時から、「いつかはリアルな公式ショップを街につくりたい」という夢はずっとあり、スケッチを描いたり、その実験的な店舗を展覧会で作ってみたりしていました。2020年の東京オリンピックが決まったときには、たくさん来日する外国人観光客が爆笑するような「おかしなおみやげ屋」を作りたいなあ、と漠然と思っていました。その夢がラジオデパートの空き店舗を見たとき、「ピキーン!」とひらめいたのです。

すぐにホームページに載っていたラジオデパートの事務所に電話をしました。そして現在の空き状況、家賃を聞いてみました。その家賃は、自分が予想していたよりも安く、「これならいけるかも・・」と確信しました。

 

■ラジオデパートと打ち合わせ

具体的にラジオデパートの状況がどうなっているか知りたく、2018年の12月末、ラジオデパートを運営している㈱ラジオデパートの事務所にお伺いし、担当の方からお話を伺いました。

いままで30年間通い続けたラジオデパートですが、店舗のある3階より上にはいったことがありませでした。足を踏み入れると、懐かしいロゴの看板などがあり、まさにそこは「昭和」の世界。打ち合わせをした部屋の窓をあけると目の前は中央線が走るJRで、鉄道マニアにはたまらないであろう絶景でした。

担当の方にまずはラジオデパートの歴史をお聞きしました。(こちらで見れますので、ご興味のある方はぜひ)。ビルができた1973年には、秋葉原でエスカレーターがある建物はめずらしく、まさに「デパート」のような華やかさがあったそうです。

「でも、だんだんテナントのお店も3代目とかになってしまってね。それに秋葉原で部品を買って何かを作る、という時代ではなくなってるし、インターネットでみんな買っちゃうし。ほんとはアニメショップやメイドさんのお店みたいなのもOKにすれば、すぐにテナントが埋まるだけど、うちは電気部品でやってきたらか、それはやりたくない。かといって、海外の電気部品屋を入れるというのも、なかなかモラルがちがったりしてむずかしい。そんなこんなで、気がついたら、シャッター街になっていた」

ということでした。長いこと秋葉原に通っているものとしては、時代の流れとはいえ、胸が痛くなるお話でした。

しかしお話をお聞きしながら、一方で、「電気部品を買って自分でなにかを作る人が減っている」という点には、そこはちがうかも、と思いました。自分のまわりには、3Dプリンターやレーザーカッターなどのファブ系工作機械や、海外の電子基板制作会社などを駆使して、オリジナルのユニークな製品をつくり、ECサイトやクラウドファンディング、SNSを使ってそれを広告・販売している人たちがたくさんいる。むしろモノ作りに関しては、むかしよりいまのほうがはるかに簡単になり、個人で販売できる環境ができています。メイカーのイベントやハッカソンはあちこちでやってるし、YOUTUBEを見ても、愉快なモノ作り野郎の動画がたくさんのビューを集めています。

ただ、そうした人々の多くは、ネットショップを使ってモノを買い、作りたいものに関するコミュニティで情報を得ていて秋葉原には来ていない、ということだと思いました。

■明和電機のような「おかしなマスプロ」を行う人がでてこないのはなぜか?

モノ作りの環境はととのっている。そしてそれを販売する環境も整備されている。しかし、そんな状況なのに、自分でいうのものなんですが、明和電機のような「おかしな商品」をマスプロ化して販売している人は、数えるほどしかいません。なぜでしょうか?

いろんな原因が考えられると思いますが、実はモノ作りがしやすくなったことそのものが原因のような気がします。

3Dプリンターやレーザーカッターのようなデジタル工作機械は、「誰でもモノ作りができる」という点でもてはやされています。しかし、なぜデジタル工作機械がなぜ素人でも簡単にモノ作りができるかといえば、実は「モノ作りのおもしろさや醍醐みをすっとばしている」部分があるからです。

たとえば木材を切るという作業は、レーザーカッターでなくても、手でのこぎりがあれば簡単にできます。そこには、いかにきれいに切るか、どうやって木材を固定するかなどの「創意工夫」のおもしろさがあります。物質にはエロスがあって「フェティシズム」といいますが、手で木材を触りながら加工すると、それを感じますし、その魅力が作るものにもにじみ出ます。しかし、いきなりレーザーカッターで木材を切ると、そうした面白さをすべてすっとばしてしまうので、「フェティシズム」を感じられないモノができあがりがちです。そうやってできあがった商品は、他者から見ても「物欲」を感じることがないので、買おうとは思いません。

また、ネットで部品が手に入る、作り方がネットを見ればすぐわかるというのは、とても便利だけれど、一方で「みんな同じようなものを作ってしまう」という状況も生み出します。マニュアルどおりに作れば、失敗することはないし、なんとなく「製品っぽい」ものが作れるので、「まるで自分が作ったとは思えない」という感動があります。しかしそうって作ったものは、どこかで見たことがあるものになります。世の中には同じようなもので安いものがたくさんあるので、わざわざお金を出してまで欲しいとは思いません。

例えば家庭料理であれば、ネットで材料を買い、ネットのレシピどおりに作ればいいと思います。その方が失敗せずにおいしい料理が作れます。実験的に作ったまずい料理を家族で食べるのはちょっときびしいです。

でも、オリジナリティが必要な創作活動では、むしろ失敗や実験が必要で、みんなとはちがうものを作らなければいけません。料理と同じようにレシピどおりにやっていたら「モノ作りごっこ」になります。ひどいものになれば、クラウドファンディングでありがちな、完成予想モデルをCGできれいに作り、お金だけを集め、いざリアルに量産する段階ではじめて現実のモノ作りの壁にぶちあたり「できませんでした!」と逃げ出すパターンを見かけたりします。

かつて僕が秋葉原のジャンク屋めぐりをしていたときには、そこはなんだかよくわからない部品がごちゃごちゃと混じった混沌でした。そこで見つけた「ソレノイド」などは、どうやって使うかよくわからなかったので、12Vに無理やり100Vを流して使うという危険なことをやっていました。もし、そのときにインターネットがあったら、検索で調べるのでそんなめちゃくちゃな使い方をしなかったと思います。でも逆にいえば情報がなかったからこそ、固定概念にしばられることなく自由に作れた、とも思います。また、お店で電気部品を手にしたとき、リアルに感じる「フェティシズム」がありましたし、手で作っていく粘り強さもありました。

固定概念にしばられない、モノのフェティシズムを感じる、粘り強く作るとか、こうした体験があったからユニークなナンセンスマシーンを作ることができたと思います。これらは、マスプロの商品を作るときにもにじみでるので、「オタマトーン」のような商品が生まれたのだと思います。

インターネットは便利ですが、そこで得られるのは音と映像の情報でなので物質感はなく、また検索で答えが見つかってしまうので寄り道も減ります。そうしたことに飽きはじめた人たちが、たとえばマニアックなレコードショップにわざわざ行って、アナログ・レコードやカセットテープなどのリアルな物体を買ったりするような、「先祖返り的な最先端」を求めているのではないでしょうか。

「秋葉原にリアルなお店を出すという行為は、一見、過去にもどるようだが、物体のコミュニティーという点では、実は最先端ではないか?」と思うようになりました。

■ラジカルなオブジェ

ラジオデパートや、秋葉原の歴史を調べていくと、かつて「ラジオ」というのは本当に時代を作り上げた商品だったんだなあ、思いました。ソニーもシャープも東芝も、かつてはラジオの販売がその企業成長のきっかけでした。

戦後の何もない時代、ラジオから流れてくる音楽や、ドラマや、トーク番組や、ニュースは、キラキラしたコンテンツだったんだろうと思います。そしてそれが、部品を集めて、「自分で作ることができる」、というのもすごい魅力だったのだと思います。

今のスマートフォンも、映画、音楽、カメラ、メール、SNSなど、あふれんばかりの魅力的なコンテンツを安価に提供してくれます。そういう点では魅力的ですが、かつてのラジオのように「自分で作ること」ができません。片手で数えるぐらいの企業だけがスマホを作り、世界中で販売し、巨額の収入を得ています。

面白いことに、秋葉原をモデルに作られたという中国の巨大電気屋街の「華強北路(ファーチャンペー)」に行くと、iPhoneの部品屋や修理屋さんなどで、昭和のころに秋葉原でラジオを売っていたようであろう風景を見ることができます。ごちゃごちゃしたお店の中、お母さんが幼児がごはんを食べさせてる横で、お父さんらしき人が見事な手さばきでiPhoneを分解し、正規部品でないパーツを組み合わせて安価に修理してくれます(もちろん非公式)。そんなワイルドな場面を見ると、かつてラジオの部品を屋台で売っていた戦後は、こんな感じでエネルギッシュだったんだろうなあ、と思います。

ラジオという装置は、かつての時代にとって「急進的」で、かつ時代を作り上げる「根源的」となる物体だったのだと思います。おもしろいことに、英語では「急進的」も、「根源的」も、おなじ「ラジカル(RADICAL)」という単語で表現します。そこでひらめきました。

「ラジオ(RADIO)は、かつて“ラジカル(RADICAL)”な“オブジェ(OBJE)”だったのだ」

それでは今の「RADIO」って、なんだろう?スマートフォン?すごい装置だけど、自分でいじくることができない。というか、みんなが同じ価値感を共有する時代じゃないし、自分のものは自分で作れる環境も整ってきたから、これからは自分自身の価値観で「RADIO」を作る時代になったんじゃないか?明和電機もそんなノリで、これまで25年間、ナンセンスな「RADIO」を作ってきたし。ラジオデパートの明和電機ショップが、そんな“新しいRADIO”を発信する場所にならないだろうか?

 

■出店を決める

 

さまざまな状況を考え、2018年の12月、明和電機ショップをラジオデパートに出店することに決めました。さらに「新しいRADIO」の考えをベースに、明和電機だけでなく僕のまわりいるおもしろ工作をしている人たちにも参加してもらえないだろうか?と思いました。そこで閃いたのが、レンタルスペース「ラジオスーパー」でした。

「ラジオスーパー」は一定料金で棚を借りる、いわゆる「レンタルスペース」です。一品ものを預かって置いて売ってみるという場所もあります。ここに、おもしろ工作をしている方々や、その部品を供給したり、コンテンツを作ったりした人がごちゃごちゃっと集まれば、「ジャンク屋」的な魅力のある混沌が作れないだろうか?と思いました。

また、「ラジオギャラリー」という、アートを展示する場所も作ることにしました。アートには得体のしれない不可解なエネルギーがやどっています。それを秋葉原のどまん中に展示したら、おもしろかろう、と思ったのです。さらに秋葉原なので、それにそのアートを作るための部品も秋葉原でそろいます。展示にそうした「購入マップ」のようなものをつければ、「おもしろいな、僕もなにか考えて作ってみよう」と刺激を受ける人が増え、秋葉原の活性化につながるんじゃないか、と思いました。

こうして「明和電機 秋葉原店」「ラジオスーパー」「ラジオギャラリー」という3つの空間で構成される、実験的な店舗を、3月30日にオープンすることになったのです。

■夢は・・

「明和電機 秋葉原店」は、畳三畳ぐらいしかない、とても小さなお店です。でも、明和電機の哲学や、アート、トイ、本、音楽コンテンツなどがぎっしりつまった、社会の中に存在するひとつの「ナンセンスマシーン」にしようと思っています。そしていつかは「明和電機 パリ店」「明和電機 上海店」「明和電機 ドバイ店」など、世界各地に展開できたらと思っています。

ラジオスーパーも、荒削りでも、ジャンクなおかしな商品が集まったら楽しいなあ、と思います。日本だけでなく、海外のからも出店があったら愉快です。

世の中に「ラジオ(ラジカルなオブジェ)」がどんどん作られて、「ナンセンス(超常識)」なものが増え、人類の未来が、少しでも明るく和やか(=略して明和ね)になれることを期待しています。

明和電機代表取締役社長 土佐信道

 

明和電機秋葉原店、プレスリリースは>>こちら

ラジオスーパーの「応募要項」は>>こちら

 

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【明和電機 事業報告ショー2019】

今年もやってまいりました、事業報告ショー。2018年度の明和電機の活動報告と2019年度の野望を、小粋なパワポ芸と音楽でお送りする、お金を取る会社説明会です。今回のゲストは「ブラックベルベッツ」。高い音楽性を無駄遣いしている四人組が、高い技術力を無駄遣いしている明和電機とコラボります。どうなることか!明和電機会長・土佐正道も、たぶん紙工作の新作をもってやってきます!

日時 :2019年4月13日(土)

時間 :
「事業報告ショー2019」16:00~17:30
「明和電機コンサート」18:00~19:00

会場 :スクエア荏原
(〒142-0063 東京都品川区荏原4丁目5-28)

ゲスト:ブラックベルベッツ、土佐正道(会長)、ヲノサトル(経理)

BLACK VELVETS

 

■チケット販売

チケットは「事業報告ショー2019」と「明和電機ライブ」を両方楽しんでいただけます。

<チケット販売期間>
■明和電機協同組合先行販売
2019年02月08日(金)20:00~ 2月17日(日)まで

■一般販売
2019年02月25日(月)10:00~ 4月12日(金)まで

販売は明和電機STORES> https://maywadenki.stores.jp/
明和電機協同組合新規入会受付中! >申込はこちら

<チケット種類>
一般前売り ・・・5,000円
子ども前売り・・・2,000円

一般当日  ・・・6,000円
子ども当日 ・・・2,500円

※3歳以下は無料。ただし座席が必要な場合は子ども料金のお席が必要です。

 

 

 

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魚コードのコピー問題

 

昨年、話題となったフライングタイガーによる魚コードのコピー問題。

その後、あの事件はどうなったの?ということですが、その経緯をもとに「芸術と著作権」の問題について明和電機ジャーナルにまとめました。

生物とコピーの関係から出発し、著作権法とはなにか、魚コードの歴史など、網羅的にまとめました。

このたび、無料公開しましたので、ご興味のある方はぜひお読みください。

こちらからダウンロード>NACORD_BOOK

紙で読みたい!という方はこちら。付録もついてきます。>明和電機ジャーナル

 

 

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上海ファッションウィーク

この秋は、とにかくあちこちいってます。

だんだん記憶が曖昧になってきたので、ボケ防止もかねて、久しぶりのブログ更新。

10月11日~13日、上海ファッションウィークにいってきました。上海ファッションウィークには、若手のデザイナーたちによる「LABELHOOD」というイベントがあります。

「ACROSS]の昨年のLABELHOODの紹介記事

 

オタマトーンも売ってる!

 

このイベントに参加している上海のファッションブランド「8on8」さんから、今年の8月ごろ、「明和電機さん、ランウェイのBGMをお願いします!」とオファーがありましたので、「いいですよー」、と引き受けました。

8ON8 ホームページ

イベント会場は、僕も何度か言った頃がある上海の現代美術館「 POWER STATION OF ART 」。もともと火力発電所だった場所が美術館になった場所です。イギリスのテート・モダンみたい。

ランウェイなので、7分ほどの演奏ですが、

1 一番ステキな体でいこう!

2 TORIWALKERのテーマ with ベロミン

3 I will survive with オタマトーン

の3曲を演奏しました。

デザイナーのLeoさんは、明和電機工員さんにまぎれても違和感がまったくない!

このショーのために、特別仕様のかわいい明和電機制服を作ってもらいました。

ショーの邪魔をしないように、おとなしめの演奏だったんだけど、大丈夫だっただろうか・・。

 

パンチくんの首が飛んだあと、どっと人が押し寄せてきて、その流れで誰かが持ち帰ってしまいました。おそらく、お祭りで「獅子舞のちぎれた髪の毛を持ってかえると縁起がいい」といいますが、あんなノリだったんでしょうか・・?

しかたがないので、オタマトーンのKISSバージョンの頭をつけたら、なにやら得たいのしれない生物になりました。

 

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MEEWEE DINKEE からMEEWEE へ

明和電機として2014年から参加してきました「MEEWEE DINKEE」のプロデュース業務から、このたび脱退することになりました。

2018年からは、これまでデザインの総合ディレククターであったTORICOが主軸となり、 スタイリストとして活躍する小松夕香 を招き入れ、新しいブランド「MEEWEE」を立ち上げました。

独自の世界観を作りあげる「MEEWEE」の活動を、これからは1ファンとして応援したいと思います。

今後の「MEEWEE」の活動にご期待ください。

明和電機 土佐信道

 

MEEWEE ホームページ > https://meewee.jp/

 

 

 

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ナンセンス芸術の系譜と明和電機 山口勝弘

2018年5月2日、恩師である山口勝弘先生が他界されました。以下の文章は2004年に出版した「明和電機 ナンセンスマシーン」の冒頭に寄稿していただいたものです。明和電機に対する山口先生からのエールであり、いまでも読むと背筋がピンと伸びます。軟弱な自分の芸術家としての出発点で、いろいろな道標を示していただきました。本当にありがとうございました。

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ナンセンス芸術の系譜と明和電機

山口勝弘

人間にはその存在自体にナンセンスを目指す傾向がある。それゆえ20世紀の人間は、機械技術を発達させてきた。ひとつの野望に火がつくと限りなく拡大することは、アレクサンダー大王や中国・万里の長城の偉業を見ても明らかだが、20世紀の人間は機械文明を限りなく発展させ、映画『モダンタイムズ』においてチャップリンは、製造技術とその生産ラインの完成をナンセンスな営みとして表現した。

自著『ロボットアバンギャルド』(PARCO出版局/1985)に詳しいよう、機械文明の発展過程において、多くの芸術家たちがナンセンス・マシーンを発表してきた。ロボットをテーマにしたカレルチャペックの有名な戯曲『RUR』の舞台デザインを担当したキースラー。ロシア革命の中からは「レタトリン」という人力飛行機がデザインされた。イタリアの未来派では、バッラやデペッロによって「コンプレッソ・プラスティコ」と呼ばれる生物的造形が発表された。これらはロボット技術への夢を追求した、一種のナンセンスマシーンの系譜へとつながっていく。

さらに第二次世界対戦後の音楽の分野では、未来派の騒音機械の発表に続いて、電子音楽や具体音を使ったミュージックコンクレートなどが、さらなるナンセンス・アートの道を開いていった。また音楽は音を発生させる演奏行為を伴う。20世紀半ば頃から、この種の芸術的行為がパフォーマンスの分野に含まれていく。フランスのイヴ・クラインが空中へと飛び出したり、イタリアの マンゾーニ は女性モデルの身体に名前をサインし、作品とした。つまりナンセンスな行為が、美術の分野にも含まれるようになった。

あえて機械的技術を使って自壊する機械を制作したJ・ティンゲリー 、生物的な動きを見せるポル・ブリなどは、機械的技術を否定するナンセンスマシーンの一派といえよう。さらにアメリカには、機械そのものの自爆を見世物にした「メディアバーン」があった。英国ではジム・ホワイティングが、構造物から多くの自動人形吊り下げ、自分はその人形の動きの調整のために動き回るという作品を発表した。

かくして機械技術の発展の時代の中から、ナンセンス・マシーンとナンセンスな芸術行為が発生してきた。これら一連の現代美術史の背景を振り返ってみると、我らが明和電機の存在位置も明らかになるだろう。そこで最後に、明和電機の独創性として、次のことを指摘したい。

明和電機の強みは、彼らが制作したすべての作品が、最高水準の職人技(クラフトマンシップ)に裏付けられていることである。「ナンセンス=マシーン」という名前や土佐さんのポーカーフェイス、さらには軽妙な仕草の裏側に、そうした職人気質が隠れている点に、人々は気づくべきであろう。職人気質によって、作品の質が高い水準を維持しているからこそ、ナンセンスが生きてくる。そして、この極めて日本人的な気質があるからこそ、明和電機の パフォーマンスもまた生きてくるのだ。

世界中どこへ出しても通用する製品こそ、まさしく「Made in JAPAN」である。明和電機を世界的に有名にした理由もまた、そこにある。だからこそ「職人気質を忘れるな」という言葉を、彼らへの最後の拍手と共に捧げたい。

(明和電機 ナンセンス=マシーンズ:NTT出版 より) 

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