明和電機の「マスプロ芸術」

コア部について

■不可解を取り出す

明和電機のナンセンスマシーンの開発は、まず土佐信道の内面に漠然とある「不可解」への探求からスタートします。

人は現実の世界からさまざまな情報を取り入れ、それを組み替えて、自分の内面にもうひとつのイメージの世界を作ります。しかしそれは、すべてが自分でコントロールできる世界ではなく、ときに情念などと言われる、得体のしれない「不可解」なイメージを生み出します。

土佐信道はまず、この自分の中にあらわれる「不可解」なイメージをとらえることを行います。不可解は自分の内面にあるため、人からは見えません。また、自分自身にとっても漠然としたものです。それがなんであるかをはっきりさせるには、自分の外に取り出して客観視する必要があります。そのもっとも簡単な方法がスケッチです。土佐信道はA4サイズのたくさんのスケッチを描きます。

スケッチは時間の止った二次元の世界なので、より高次元な不可解の世界をそのまま取り出すことはできませんが、その断片を記録することはできます。そして取り出したスケッチは客体物なので、観察が可能です。「自分の中にある不可解のイメージは、このスケッチとはちょっとちがう。どこがちがうのか、もう一枚描いてみよう」。こうして「不可解」の発見は、土佐信道に「創造する欲求」を与えるのです。

■魚器(NAKI)シリーズにおける「不可解」
明和電機の製品に「魚器(NAKI)シリーズ」がありますが、これは土佐信道が幼少のころから繰り返し見る、「魚の悪夢」という不可解のイメージと向かい合うことから出発しました。この魚器シリーズがはじまる直前、土佐信道は想像の魚を1000匹描く「オタクギョタク」というスケッチを行いました。それは自分の中の「不可解の魚とはなにか?」という魚影を追う作業でした。


■「不可解」から「ナンセンス(超常識)」へ
自分の中の「不可解」のイメージを現実世界の絵の中に取り出す。これは「画家」と呼ばれる芸術家の仕事です。もし土佐信道が、この段階で止まっていたならば絵描きになっていました。しかし、それでは満足できない部分がありました。

土佐信道は、父親が経営していた電気部品工場「明和電機」の中で育ったため、自然に「エンジニア」としての血が流れていました。そのエンジニアの視点が、「不可解」をそのまま画面に定着させる芸術家の方法だけでは満足せず、「不可解」からなにかの”しくみ”を見つけようとしました。これは、芸術的思考からエンジニア的思考へのバトンタッチです。そして、その実践として土佐信道が選んだのが絵筆ではなく「機械」を使って不可解をカタチにしていこうとする手法でした。


芸術家には、二つのタイプがあると言われています。「ピカソ・タイプ」と「デュシャン・タイプ」です。ピカソは有名ですので、みなさんご存知かと思います。デュシャンは20世紀のフランスの芸術家で、便器を美術館に展示した作品などで、今日の現代美術の源流を作り出した人物です。

「ピカソ・タイプ」は、自分の中の創造性のエンジンをフル回転させ、「不可解」を次々にイメージとして取り出して、たくさんの作品を生み出していくタイプです。それに対し「デュシャン・タイプ」はその創造性のエンジンそのものの”しくみ”に興味を持ってしまうタイプです。そのため、作品も多くありません。

土佐信道は典型的な「デュシャン・タイプ」でした。「不可解はなんだろう?」という疑問が、「不可解とはどういう“しくみ”なのだろう」という疑問になり、さらにはそれが発展して「そもそも疑問に思っている自分という存在の“しくみ”はなんなのだろう?」という自己探究の問題になりました。ものごとを“しくみ”によって理解しようとするこの姿勢は、世界を「機械」のように見る見方なので、機械論と呼ばれています。

機械とは「論理的な部品」を「論理的に組み合わせる」ことで初めて動きます。つまり理性のかたまりです。その理性のかたまりである機械論的な観点で、自分の中の不可解をしめあげていく。そうやることでほんのわずかですが意識でとらえられる部分が見つかりました。それは自分にとって、これまで出会ったことのない、新しい「常識」の発見なので、土佐信道はそれを「超常識(ナンセンス)」と呼びました。

この「超常識(ナンセンス)」は、自分の周りにある外の世界には存在しません。そのため自分の中と外の間で、常識のズレが起こります。そのズレを埋めるには、どうすればよいか?

その結論が、「超常識(ナンセンス)」を持った機械、「ナンセンスマシーン」を作り、世界に普及させることです。これが土佐信道にとって、「ナンセンスマシーン」を開発する動機となりました。

 

■明和電機スケッチライブラリー

現在、明和電機のホームページにて、土佐信道が製品開発のために描いたスケッチを「明和電機スケッチライブラリー」として公開しています。どんなプロセスで「不可解」のイメージが理性によってしめあげられ、ナンセンスマシーンへと形つくられていったかを鑑賞することができます。

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