芸術資源とキャリヤー

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「芸術も資源である」  土佐信道(1967~)

いい言葉だなあ・・・・・。さて、この言葉を理解するために、まず石油発掘のモデルを見てみましょう(上図)。石油は地面の中に埋まっている。その状態のままでは「資源(リソース)」ではない。あえて名前を付ければ「源泉(ソース)」です。

それをボーリングなどの発掘技術を使い、地上に組み上げて始めて「資源(リソース)」になる。
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たとえばあなたが石油が埋まっている場所を知っていたとしても、それを掘り起こさない限りは誰もそれを信じてはくれない。「ホントです!ここに埋まってるんです!」って言ってもダメ。

これは表現者にも言えることですね。「オレ、すんごくいい曲、閃いたんだよ!ぜったいヒットする曲だよ!」っていっても、彼女は振り向いてくれない。やっぱり頭の中から発掘して、彼女の前でホントに歌わないとダメ。

モノ作りも同じ。言葉だけではだめで、スケッチでもいいから、何かを見せて、始めて人はそれを信じる。
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さて、それではここで石油の発掘作業と、芸術の制作作業を比較してみます。すると「石油資源」にあたるのが、「芸術資源」となります。

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掘り出された石油資源はその後どうなるか?というと、工場で精製され、プラスチックなどの加工品になっていきます。このときに重要なのが、その資源を運ぶもの、「キャリヤー」です。石油でいえば、最初は石油を入れるタンクとかです。これがないと、運べません。

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芸術資源も同じです。必ずそれを納める「キャリヤー(入れ物)」があります。芸術資源はキャリヤーに収まって初めて商品になるのです。

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一番古い芸術である「絵画」は、芸術資源をキャンバスというキャリアーに納めたものでした。ラスコーの壁画は持ち運べませんが、これなら大丈夫。

その後に登場した「本」は、テキストという芸術資源を紙束というキャリアーに収めたもの。レコードは、音楽(サウンド)という芸術資源をプラスチックなどのキャリアーに収めたものです。

昨日のブログで「コンテンツとキャリアーが分離不可能な時代は、コンテンツは物質として商品になりやすかったが、現在のテクノノロジーは、それが簡単に分離できるようになってしまった。」と書きました。

これまで、世界はキャリアーにあふれていました。あなたの部屋には、たくさんの本という紙束と、たくさんの円盤型のプラスチックがあるでしょう。

けれど昨今の携帯端末の進化は、ある程度そのキャリアーたちを駆逐していくと思います。「昔は、新聞って、こーーーんな大きな紙に印刷されて、わざわざ人が玄関まで運んでたんだぞー」と、孫に話す時代がくるでしょう。

キャリヤーが大変化していく時代に、僕らは立ち会っている。
結構僕は、このことにワクワクしています。

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