「まさにアンドロイドケータイ・・・ですね」 石黒先生と対談 TEDxSeeds

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先週の土曜日、TEDxSeeds 横浜の赤レンガ倉庫で開催され、スピーカーとして参加しました。たくさんのプロフェッショナルなみなさんのトークが聞けて、面白かった!明和電機は午前中、「声の機械/ボイスメカニクス」についてソロでトーク。そして午後のスピーチの最後に、石黒先生と対談しました。

石黒先生との対談は初めてではなく、今年の3月に東京都現代美術館でロボットをテーマに対談しました。(くわしくはここ! と ここ!)なので今回は二回目。

対談前、となりに座った石黒先生が、なにやらカバンをもぞもぞ。いきなり人形のようなものを取り出して、「明和電機さんのオタマトーンに挑戦です!」と。見ると、あの話題のテレノイドのミニサイズではないか!

ご存じない方のためにご説明すると、「テレノイド」とは、遠隔操作可能なコミュニケーションツールとして開発されたアンドロイド。現在、「新しい人間型ケータイ」として開発をしているそうなのです。そう、まさに「アンドロイド携帯」なのです(中身もホントにアンドロイドらしい)。

このテレノイド、手も足もありません。つまり「限界までそぎ落とされた人間存在」を造形にしたものです。これを芸術作品として見ると、実に面白い。

ジャコメッティという彫刻家は、ペラペラに薄い人間の彫刻を作り続けたのですが、それは極限まで削られた人間像。これとテレノイドは似ている。近代以降の芸術には、こうした限界までそぎ落とすことで、「人間とは何か?」と問いかける作品がたくさんある。しかし、多くの芸術作品はその歴史の過程で「具象」から「抽象」へと突き進み、難解なものになっていく。けれどテレノイドは、いきなりそんな流れの中にまっとうな「具象彫刻」として登場した。これが痛快。

さらにおもしろいのは、その具象彫刻は機械という構造を持ち、さらにケータイ電話として社会化を目標としているということです。これは本来ならば芸術家の独占だった「不可思議」の領域を、みごとに工学者が浸食して理解可能なものにし、大衆化しているということです。

かつて写真術が発明されたとき、ドラロッシュは「絵画は死んだ」と言いました。そんな風に産業革命以降のテクノロジーの進歩は、どんどん芸術家の居場所を浸食しています。そのため芸術家は工学が届くことができない創造性の領域に「逃亡」しなければならなくっています。

これは僕はとてもステキなことだと思います。芸術家たちが、その根源である「創造性」の世界に追い込まれるなんて。

ステージに上がった石黒先生と僕は、それぞれテレノイドとオタマトーンを持ち、まるで「大人どうしのオモチャ自慢合戦」みたいでした。

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